脱サラして植木屋になるまでの道のり

大久保陽介と申します。 恥ずかしながら1986年4月15日生まれ。 恥ずかしながら3900グラムオーバーの大きめの赤ちゃんでした。 恥ずかしながら生まれる前後の記憶はありません。 恥ずかしながら母の実家の東京(神田?)で生まれました。 恥ずかしながら4人兄弟(男男女女)の1番上です。 植木屋さんとして独立したいごくごく普通のサラリーマンです。※このブログは主に通勤電車の中で書かれています。

冒険二日目(最終日)

一日目の晩。

 

約束通り子供は起きたけど、

すぐ寝た。

もうお母さんいないってのももう分かってたし、

子供が泣いて、犬が来たので、

三匹で寝た。

至福の時間だった。

 

二日目は、父の車借りて、高校の友人とバーベキュー。

子供入れて17人の大所帯。

子供は5人いて、うちのは二番目に大きかったけど、1番泣いていた。

 

肉食べて、スイカ割して、種飛ばし対決して、人工芝の坂をそりで滑るやつして、大はしゃぎ。

 

友人達とその妻達もなかなか大はしゃぎしていた。もちろん私も。

 

帰りの車で子供は寝た。

家について起こすと、もう最悪の泣きまくりだった。

まだ寝たりないのもあったかも知れないが、お母さんだっこだっこ~と泣き叫び、泣き癖しゃっくり発動。

 

落ち着いても、しゃっくりしてると悲しくなり再び爆発して泣く。

 

お母さんは、夜の8:30くらいに空港に着くので、もう後数時間後なのだけど、泣くのが止まらない。

 

家の外にだっこで連れて行って、散歩する。

 

「お母さんのおうち行く」と言って泣く。

 

家に入ろうとしても「じーのおうち嫌」となってしまった。

 

とりあえず、「大丈夫、大丈夫、ゆっくり、ゆっくり」とあやす。

 

落ち着くタイミングを見計らって。

「泣き止んだら、ぶどう食べてお母さん迎えに行こう」と言う。

 

子供、何かしゃべろうとするけど、しゃっくりが邪魔してしゃべるつもりが泣いてしまう。

 

「大丈夫、大丈夫。」

 

を繰り返すうちに、やっと会話が出来るようになってきた。

 

「おうち入れる?」「まだ。ヒック」

 

 

 

「おうち入れる?」「まだ。ヒック」

 

 

そしてついに「うん。」「じーおうちでぶどう食べる」

 

えらいーーー!!!

 

そこからは一回も泣かずに、ぶどう食べて、汗をシャワーで流して、お母さんを迎えに行きました。

 

なぜか車運転してくれたジーが機嫌が悪く。

シャワーしてるときも、「時間気にしてるか」と吠えたり。

 

車の中でも、ムスッとしていましたが、なんとか空港までにそちらの機嫌も直りました。(子供がお母さん頼りなのが気にくわなかったみたい??)

 

そして、空港の出口でお母さん待って、見つけて、走っていって、だっこだっこしてもらって、冒険終了。

 

 

冒険に成功も失敗もないので、生きて終えられたので、良しです。

 

甘えん坊をなおすことは出来ず、ちょっとの間、前よりもお母さんべったりになりそうですが、そこはご愛嬌。

 

ぱっと見は、なにも変わりませんが、目に見えないところで、何かしらの自信はついたのではないかと勝手に思っています。

 

友達にかわいい子供自慢(見せられた)ので満足です。