脱サラして植木屋になるまでの道のり

大久保陽介と申します。 恥ずかしながら1986年4月15日生まれ。 恥ずかしながら3900グラムオーバーの大きめの赤ちゃんでした。 恥ずかしながら生まれる前後の記憶はありません。 恥ずかしながら母の実家の東京(神田?)で生まれました。 恥ずかしながら4人兄弟(男男女女)の1番上です。 植木屋さんとして独立したいごくごく普通のサラリーマンです。※このブログは主に通勤電車の中で書かれています。

交渉成立!!

二歳の子供と二人で里帰り、なんとかかんとか交渉成立です!

 

結果的には、私が先に子供と帰省して、二日目の夜に奥さんが合流するという流れです。

 

めちゃくちゃに難航しましたよ。

ええ。

 

 

二人で帰省するってアイデアを思いついて、相談したけど保留になって、

 

その翌日、うちの両親にも電話とかで相談したんですよ。

ほんなら、彼らも大丈夫なのそれ。

みたいな感じになって。

(どんだけ信用ないねん)

 

この時点でたぶんすっげえ劣勢だったんですけど、自分的には少し余裕があったんですね。

 

で、そのまた翌日、なんか、うちの両親と私と奥さんのグループラインで今年はまだ無理じゃないかみたいな話をし出して

 

仕事中に待ち時間があったので、これはもう強行突破だと思って、奥さんに「行くで」「行く」「決めた」って送ったんですよ。

 

その時点で半分切れてるんですけど、あっちもなんで勝手に決めるん?と返してきて。

 

もう本格的にぷっチーンと切れてしまいまして

(今ライン見直すとやっぱりこっちが、子供というか、わがまま言ってるんですけど)

 

完全に植木屋問題と同じ立ち位置なんです。

全員反対で私一人ぼっち。

おいおいおい。植木屋問題ならまだしも、こんなちっぽけなことで、こんなに叩かれないと行けないの?

別にいーじゃん。

理由?

そんなもん楽しそうだからじゃい。

いらいらいら。

やばい腹立つ。

これっぽっちのわがままというか、私の楽しみを、許してもらえないのであれば、もういい。そんな結婚生活捨ててやる!

交渉決裂なら即離婚や!!

 

と、こんな勢いです。もうブチ切れです。

今思い出しても腹立つ。

 

 

で、その日、ダッシュで帰って、ドア開けるなり「おらぁ、出てこいや」とはならなかったんですけど。思ってたより穏やかに話して、結局折衷案ですね。冒頭述べた通りの結果になりました。

 

 

奥さんは奥さんで、勝手に独断で飛行機とったりしてたら、もうそんな人と一緒にいれないって離婚する気だったみたいです。

 

 

 

気が合うじゃねえか。

(二人とも子供)

 

 

 

 

今回の騒動は、ほぼうちの両親に筒抜けだったので、私の何かがビットコインのごとく下落したことは否めません。