脱サラして植木屋になるまでの道のり

大久保陽介と申します。 恥ずかしながら1986年4月15日生まれ。 恥ずかしながら3900グラムオーバーの大きめの赤ちゃんでした。 恥ずかしながら生まれる前後の記憶はありません。 恥ずかしながら母の実家の東京(神田?)で生まれました。 恥ずかしながら4人兄弟(男男女女)の1番上です。 植木屋さんとして独立したいごくごく普通のサラリーマンです。※このブログは主に通勤電車の中で書かれています。

土日ってサイコー!

土曜日は、植木屋のお手伝い。

 

日曜日は近くの屋外プールのプレオープンにいって、かき氷食べてゆっくり。

 

テレビドラマを一つ観て、ぐーたらスーだら。

 

めちゃくそ素敵。

 

朝ご飯で作ったオイルサーディンフライバーガー激うま。

 

昼は、釜玉明太うどんと、牛とじ丼。

 

夜は手作り唐揚げとゴーヤ

 

階段下(ガーデニング)の模様替え。

 

昼寝。

 

子供と散歩(ストライダー)

 

 

そして、パパラギって言う本の第一節を活字が読めない奥さんの為に要約して説明する。

(奥さんは生まれも育ちも日本人です)

 

 

 

そして夜寝る前に、こんなこと考えていました。

 

 

今、私たち夫婦は線路上を連れ添って歩いている。

私は脇見ばっかりして、なかなか進まない。

あっちに曲がろうとしては、連れ戻され

こっちに進もうとすれば、奥さんが付いてこず、

また線路に戻る

私はなんとか線路から外れようとし、

奥さんはなんとか線路に戻そうとする

最悪でも別の線路に乗りかえようとする

 

線路上は一見安全のように見える

確かに電車が修理したら直してもらえるし

大体進むペースとか進路とか読める

安定している(ように見える)

かたや、レールから降りて自分の脚で歩くとなると

遅いし

どちらに進めばいいか分かんないし

怪我でもしたら立ち往生だし

だれも助けてくれないかも知れない

(誰か通りがかりの人に助けてもらうか、遠くから助けに来てもらうしかない)

もしもの時の保証もなければ

安定もないし見通しも立てられない

 

それでも私はレールを外れたくて

奥さんに一緒に来て下さいと

あそこの道から広い荒野に行けるんです

と、話をしているところ

もう長い間、そこで止まっている

悪く考えれば、奥さんに足を引っ張られている

でもそれは、命を助けてもらっているかも知れない

(今荒野に出たら乾期で干からびて死ぬかも)

そんな状態。

 

なぜ荒野に出たいかというと

楽しそうだからです

止まりたければ止まれば良いし

軽トラ買ったら楽だし

荷台にたくさん人載せたり出来るだろうし

なければ探せば良いし

それでもなければ作れば良いし

初めから作ったっていいし

困ることもたくさんあるだろうし

便利じゃないこともあるだろうけど、

私は多くを望む人じゃない(はず)だから

大丈夫

 

死なない限りは、生きているだけで、面白い環境だと思う

 

一つだけ望むのは、出来ることなら家族と一緒に行きたい。(これがだいぶ図々しい望みだね)

 

それとね。みんなが乗ってる、みんなが乗りたい、今私がかろうじて乗せてもらっているレールの行き先には、私が素敵だと思うものは何にも待ってないと思うんです

 

何がゴールだ?

ゴールには、何が待っているのだ。

 

(やばーい、痛い痛い痛々しすな文章になってきたけど、止まらなーい)

 

優雅な定年後の生活?

困らない老後?

子供達の明るい未来?

 

そんものあるとは限らないし、

なさそうだし、

あってもそんなもんいらねーずら

 

今を生きたいです。

イキイキしたい。

 

多分皆さんの望むものもレールの先にはないはず。(何様)

 

 

 

 

奥さんが許してくれないのは、荒野に出る準備をしてないってこともあるかも知れない

 

 

使えそうな道具としては、剪定ばさみ、少し頼りない我が肉体、忘れ抜けミス男と称される頭脳、溢れる実現性の低いアイデア達、頼れるであろう植木屋の師匠、少し器用な手先、嫌なことは忘れる記憶力、ささやかな貯金と、普通より少し金持ってそうな親。

 

資格もなければ、コネもない、度胸もなければ、笑いのセンスもない。

 

でも、自信はある。

充分じゃねーか。

後、運もある。

 

あんまりいろいろ揃えすぎると、それはそれで、別のレールに乗っかるようなものだ。

 

このブログにだれも、着いて来れてないと思いますが、そもそも誰が読んでんねんという話。

 

 

一人で盛り上がっといてなんですが、

調子良いことばっかり言わんと実行しろってことですね。

 

頑張ります。