脱サラして植木屋になるまでの道のり

大久保陽介と申します。 恥ずかしながら1986年4月15日生まれ。 恥ずかしながら3900グラムオーバーの大きめの赤ちゃんでした。 恥ずかしながら生まれる前後の記憶はありません。 恥ずかしながら母の実家の東京(神田?)で生まれました。 恥ずかしながら4人兄弟(男男女女)の1番上です。 植木屋さんとして独立したいごくごく普通のサラリーマンです。※このブログは主に通勤電車の中で書かれています。

キャンパスライフ

戻りたくはないんですけど、大学時代が良かったなと思うんです。

 

結婚式も大学の友達しか呼ばなかったし。

 

高校は入るまでは、親の都合で、転校ばっかりだったんですね。

 

幼稚園2、小学校3、中学校2、って感じで2-3年に一回のペースで転校してて、高校入学してからは父が単身赴任になったから、高校は1個なんですけど。

 

ダラダラ書きますけど、転校っていうのは、嫌でした。友達とバイバイするのも嫌だし。新しい学校に行くのも嫌だし。

 

小学校5年生で転校するときは、友達に嘘ついて、また戻ってくると言っちゃいました。

 

中三で転校して、1か月後に修学旅行っていうのもキツかった。誰も班に入れてくれないっいう。

 

まぁいろいろあって、すぐ忘れてすぐ慣れるんですけど、で今思えば、良かったこともたくさんあるんでしょうけど、その時その時はすっごく嫌。

 

絶対に転勤族にはならないでおこうと思ってました。

 

逆に今はずっと同じ場所に居続けるなんてくそつまらんとも思っています。

 

ないものねだり。

 

じゃなくて、大学。

 

何が良かったのか、言い当てれないんだけと、演劇部に入ったのは良かった。

 

普段私って、どこに居ても変な人のなんだけど、その演劇部では、まともだったんです。

というか、ましだったんです。

 

みんながみんな私より変わり者で、そこでは、変わっていればいるほど、凄いんです。

(これは自分が思っていただけ)

 

で、当時の同級生のTwitterをポッと見ると、

一人はリツイート1000されてたし、一人は結構な頻度でおもしろかった話をツイートしてた。ありえへん。31やで。

 

 

しかも、涙がぐむほど大好きだった劇団が活動を再開するみたい。というのもTwitterで知った。

 

きらびやかで眩しい衣装で、誰もイケメンのいない男だけの劇団で、代表が毎回女装してて、話はよく分からなくて、汗がだらだらで、汚くて、美しい。アメージンググレイスとか、レットイットビーみたいや名曲が、逆に似合う劇団。(東京ミルクホール)

ごめんなさい、言葉に出来ませんでした。

すべての人達ごめんなさい。

 

が、再起動するし、

 

それと、大学の友達のTwitterみて、勇気をもらいました。